「フォークの神様」と称される名ミュージシャンですの岡林信康(おかばやし のぶやす)さん、メッセージ性の強い楽曲で圧倒的な支持を獲得しています。
山谷に住む日雇い労働者を題材とした「山谷ブルース」でビクターよりレコードデビュー。
岡林は一世を風靡し、「フォークの神様」と言われたが、スケジュールを残したまま、「下痢を治しに行ってきます」書き置を残し一時蒸発している。
1970年4月、コンサートに再登場、「ごめんやす。出戻りです。お互い堅くならんといきましょう」と話したらしい・・・
やがて岡林信康さんは、人ぎらい、街ぎらいとなり、自然の環境に身を置こうと岐阜県中津川近くの山村に移り住み、約1年後京都府綾部市の総戸数17戸の過疎村に居を移し農耕生活を始め、感情が豊だけに抱えるものが多い岡本信康さんに迫りたいと思います!
・岡本信康の家族はいるの?
・大学は?
・岡本信康プロフィール
・代表作のYouTubeは?
そこで今回は『岡本信康(フォーク神様)の家族や大学は?プロフィールと代表作も』と題しまして、お伝えしたいと思います。
それではさっそく、本題へ入っていきましょう!
岡本信康の家族や大学は?
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出典:品田裕美撮影
父親が牧師をしており実家が協会だという岡林信康さん。
実家の教会が不良少女にはお祈りをさせないといった行いに疑問を感じて脱出。
その後、社会主義運動に参加する中で高石ともやさんに出会ったことがきっかけとなりギターを始めた岡林信康さん。
高石 ともや(高石 友也、たかいし ともや)さんは、日本のフォークシンガー。
家族
岡林信康さんは自分自身のイメージを崩さないためかプライベートについてはあまり明かしていません。
調べてみた所、既婚者のようですが結婚した時期や妻となった方がどんな人かも分かりませんでした。
ですが家族構成については岡林信康さんの歌で知ることが出来ます。
岡林信康さんには娘が一人、息子が一人。
娘の名前は「みのり」で息子は「大介」というようです。
息子が失恋した、娘が大学に通うために上京するなど、岡林信康さんは家族の成長を歌うことが良くあるためまるで自分の子供のように感じるファンは少なくないかもしれません。
岡林信康さんの息子の大介さんプロボクサーとなり日本ミニマム級5位になったこともあるそうです。
岡林信康さんも学生時代にボクシングをしていたそうですが、プロボクサーには反対だったようですが・・・
岡林信康さんが大介さんの試合を観に行っていたことがあるようなので、プロボクサーになってからは応援していたことは間違いないでしょう。
大介さんは既にプロボクサーを引退しているようです。
ボクサー引退後の職業については残念ながら分かりませんでした。
また、娘のみのりさんはダンサーになったようです。
ちなみに「岡林みのり」という名前で検索してみると「たんとたんつダンススタジオ」というダンススタジオのインストラクターにその名がありました。
ダンスをやってみたい!この気持ちだけで、京都より上京。日本女子体育短期大学でダンスを始めました。
(中略)
ダンスの奥深さに魅せられて、一児の母になった今も踊り続けています
みのりさんは、大学に進学するために京都から上京。
また、岡林信康さんがエッセイで娘が結婚し子供が産まれたと書いていますので母親になっているようです。
大学はどこ?
近江兄弟社中学、滋賀県立八日市高等学校を経て、1966年に同志社大学神学部入学。
熱心なキリスト教信者であったが、実家の教会の不良少女の扱い(お祈りをさせないなど)に疑問を感じたらしく「脱出」?家出?
大学在学中その後社会主義運動に身を投じる中で、ギター出会ったらしいです。
岡本信康の出身大学なんですが、大学同志社大学神学部中退してしいます。
プロフィール
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出典:http://www.fuji-okabayashi.com/archives/1248
・名前:岡林 信康(おかばやし のぶやす)
・生年月日:1946年7月22日
・職業:日本のミュージシャン
・血液型:O型(本人はA型に近いO型と語っている)。
・実家:教会で、父親は牧師。
・住所:京都府亀岡市在住。
1968年の第3回フォークキャンプに参加すると同年9月にレコードデビューが決定。
岡林信康さんの楽曲はデビュー曲の山谷に住む日雇いの労働者を歌った「山谷ブルース」に始まり「友よ」、「手紙」などメッセージ性の強いものばかり。
そのため多くの楽曲が放送禁止となってしまっています。
その一方で「フォークの神様」と呼ばれ若者から絶大な支持を受けた岡林信康さんです。
代表作
岡林信康さんは一世を風靡し、「フォークの神様」と言われたが、スケジュールを残したまま、「下痢を治しに行ってきます」書き置を残し一時蒸発!!
1970年4月、コンサートに再登場、「ごめんやす。出戻りです。お互い堅くならんといきましょう」と話したという。
この時期からボブ・ディランに影響を受けたロックを、当時無名だったはっぴいえんどをバックに展開し始める。
岡本信康さんの代表作↓
・「私たちの望むものは」
・「手紙」
・「チューリップのアップリケ」
・「友よ」
・「それで自由になったのかい」
・「俺らいちぬけた」
・「26番目の秋」
・「金色のライオン」
・「Gの祈り」
・「ミッドナイト·トレイン」
・「君に捧げるラブソング」
・「ジェームスディーンにはなれなかったけど」
の代表作品をなどがあります・・・が
そのうち・・・また、行き詰りを感じてしまう。
1971年の日比谷野外音楽堂での「自作自演コンサート 狂い咲き」および、「第3回中津川フォークジャンボリー」を最後に、再び表舞台から姿を消してしまった!!
数年間の農村生活の間、文明との接点は古ぼけたステレオだけ、次第に肩肘から力がとれたらしいです。
まとめ
今回は『岡本信康(フォーク神様)の家族や大学は?プロフィールと代表作も』と題しまして、お伝えしてきましたが、いかがでしたでしょうか?
2018年には「森羅十二象」というアルバムをリリース。
また、弾き語りライブやデビュー50周年を記念したコンサートツアーも開催しています。
きっと体が動いて声が出る限りはライブやツアーを行っていくことでしょう。
元気の源はやはり歌ののでしょう(笑)
70歳を超えても現役の岡林信康さん。
間違いなく同世代の希望の星となっていることでしょう。
それでは、今回はここまでにさせて頂きます。
最後までご覧いただきまして、ありがとうございました。